四代目、市川猿之助さんが、まだ亀治郎と名乗っていらっしゃった時、ちょうどNHKの大河ドラマ「風林火山」でブレイクする前、一度、お見かけした事があるのです。
その頃、日本ボディーケア学院東京校は神田にあったのですが、東京で人気の「日本橋京橋まつり」が教室の近くで開催されていたので、それを見に行った時でした。
私の後ろで、粋な江戸弁で話している人がいたので、ふっと振り向いてみると
紋付袴を着たお兄さんが、綺麗な着物を着たお姐さんと話し込んでいたのです。
そして、その人こそが亀治郎さんだったんです。
そこではただ、軽く会釈しただけだったのですが、それから「この人は粋でかっこいいな〜」と思い、それがずっとファンで、舞台も見に行ったことがあります。
今回の理由は、まだ分かりませんが、三代目、市川猿之助さんの志を受け継ぎ、これからもスーパー歌舞伎をさらに発展させていただきたい。
と、強く願っています。
さて、その三代目、市川猿之助(現、市川猿翁)さんが、まだお元気だった時、舞台「ヤマトタケル」を見た事があるのですが、
あの時は、ど肝を抜かれたことを今もよく覚えています。
さて、その三代目と四代目を紐解いてみました。
三代目が庚、四代目が丙。
亀治郎さんが、四代目猿之助の襲名披露の記者会見での言葉を思い出しながら、このインヤンペンタゴンを見て「なるほどな」と、納得しました。







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