「意味がない」が、救いになるとき

こんにちは、谷口です。

今日ご紹介するのは、2026年9月8日のニューヨーク・タイムズに掲載された、少し変わった切り口のオピニオン記事です。テーマは、今のZ世代のあいだで語られる「ブレインロット」という現象について。読みながら、私はふと、般若心経の「空(くう)」という言葉を思い出しました。


目次

「脳が腐る」動画に、なぜ若者は惹かれるのか

「ブレインロット」とは、TikTokやInstagramで流れる、踊るカプチーノや歌うトイレ、脈絡のない爆音や光の点滅といった、意味不明で低品質な動画に没入してしまう状態を指す言葉です。著者のマクシー・ハイトマイヤー氏(ロワン大学)は、こうした動画に「若者の脳が壊されている」と騒ぐのは、コミック、テレビ、ゲームの登場のたびに繰り返されてきた「モラル・パニック」の最新版だと指摘します。

そこでハイトマイヤー氏らは、13〜26歳のZ世代にインタビュー調査を実施しました。見えてきたのは、多くの大人が想像しているのとは逆の因果関係でした。

ブレインロット的な動画を見るから、脳が疲弊するのではない。すでに疲弊し、思考力が低下した状態(フォグ状態)になっているからこそ、こうした動画を見てしまう。

そして、調査から浮かび上がったのが「anti-gratification(反・充足)」という考え方です。今のネット上のコンテンツは、教育・娯楽・自己啓発など、あらゆる名目であなたの注意を奪おうとします。そんな環境の中で、「何も与えない」「何も要求しない」コンテンツこそが、逆に一種の避難所になっている、というのです。

ある参加者はこう語っています。「どうせ何かを見てしまうなら、ブレインロットのほうがいい。広告よりよっぽどマシ。何も求めてこないから」。別の参加者は、「意味がないこと自体が、この環境の中で自由でいられる、唯一の方法」だと語りました。


自由と罪悪感、両方を抱えている

ただし、これは決して手放しの肯定ではありません。同じ参加者たちが、「見終わったあとの疲労感」「罪悪感」も口にしています。寝落ちするまで見続けることを、彼らは自嘲的に「death scroll」と呼んでいました。

「良くないとわかっている。でも、あの一瞬の刺激と逃避が欲しくて、他の依存的な習慣と同じように、なんとなく流されてしまう」という声もありました。調査に参加した若者の多くが、個人の自制心や規制アプリではなく、プラットフォーム側の設計そのものを変える、政府による規制を求める声を上げていたことも記事では紹介されています。

ハイトマイヤー氏の結論は明快です。問題は「若者の意志が弱いこと」ではなく、**滞在時間の長さで成功を測る「アテンション・エコノミー(注意経済)」の設計**そのものにある、というものです。


私の視点

この記事を読んで、私の頭に浮かんだのは、般若心経の「空」という言葉でした。

「空」とは、何もかもが無意味だ、というニヒリズムのことではありません。一つの見え方、一つの価値観に執着しないこと。物事をありのままに、こだわりなく見る心の在り方です。

ブレインロットが若者に与えている感覚は、この「空」に、どこか似ているように思えます。「意味がある」「価値がある」「あなたのためになる」と、あらゆるものが意味を背負わされた情報環境の中で、意味を拒否する動画だけが、唯一こだわりから解放される場所になっている。「オチもない、意味もない。それがかえって誠実だ」という若者の言葉には、確かに一片の真実があると感じます。

ただ、ここには大切な違いもあると思うのです。本当の「空」とは、意味から逃げることではなく、意味にとらわれず、今この瞬間をはっきりと見る心の状態のはずです。一方、ブレインロットで得られる解放感は、意識をぼんやりさせ、疲労と罪悪感を後に残す。参加者自身が「death scroll」と呼び、抜け出せずにいるのは、その証拠だと思います。つまりこれは、本物の「空」というより、「空」によく似た、その代用品なのかもしれません。


私からのメッセージ

意味に疲れた心が、無意味を求めるのは、ごく自然なことです。しかし、本当に心を空っぽにしてくれるものは、画面の中にあるとは限りません。静かに座る時間、呼吸を整える時間、何もしないことをただ味わう時間。そうした本物の余白を、私たちは意外と持てずにいるのかもしれません。

そしてこの記事が教えてくれるもう一つのことは、これは個々の若者の弱さの問題ではなく、私たち大人がつくってきた情報環境の設計の問題だ、ということです。誰かを責める前に、まずその構造に目を向けることを、私も忘れないようにしたいと思います。


今日のひと言

あなたが心を空っぽにするために、本当に必要なものは何でしょうか。


情報源について

この記事は、以下の一次情報をもとに執筆しています。

  • Maxi Heitmayer「The Truth About Brain Rot: It’s a Cry for Help」The New York Times(2026年9月8日、オピニオン)

本記事は、公表されている論考をもとに、谷口光利が独自の視点でまとめたものです。文中の般若心経「空」との対比は、著者の見解ではなく、谷口自身の解釈であることを申し添えます。

最後に、少しだけお時間をください

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

実は、こうした世界の動きを追いかけることは、私自身のライフワークになっています。サイエンス、ネイチャー、ニューヨーク・タイムズ。世界の信頼できる一次情報から、日本ではあまり報じられない、けれど大切な動きを、拾い上げています。

なぜそんなことを続けているのか。理由は、はっきりしています。世界の動きを知ることが、私自身の判断の物差しを増やし、煽りに振り回されず、自分の軸で世界を見る力を育ててくれているからです。

この感覚を、もっと多くの方と分かち合いたい。そう思って続けているのが、「コンテクストノート」という情報発信です。

今日お届けしたような、世界の一次情報から拾い上げたレポートを、限定公開でお届けしています。本数はあえて決めず、これは伝えておきたいと感じたものを、その都度お届けしています。月額980円(税込)です。

もし、今日のこの文章の読み心地が「自分に合うな」と感じていただけたなら、こちらからご案内しています。

CONTEXT NOTE

世界を、自分の目で見る。
その一歩を、今週から。

サイエンス誌、ネイチャー誌、ニューヨーク・タイムズ。世界の一次情報をもとに、日本ではあまり報じられない動きを、私の視点でひとつずつお届けします。

980 円 / 月(税込)
いつでも解約できます
コンテクストノートに申し込む

ボタンから、お申し込みページへ進みます。

日本ボディーケア学院学院
鍼灸師、柔道整復師、指圧師

日本ボディーケア学院は今年で開講27年目を迎え、国内では通学講座、オンライン教材で指導し、現在87カ国に教材を販売している。

コメント

コメントする

目次
閉じる